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会名の由来 – 弁理士春秋会

会名の由来

春秋会創立70周年記念誌に掲載された,故北村宇吉先生の下記の一文によると,次のとおりである。

大正12年の弁理士試験は年末頃に発表になった。
このときの合格者由比忠之進,北村宇吉を先輩の弁理士諸氏が祝って,翌大正13年正月,当時大震災で焼残った伝通院わきの中華料理亭・偕楽園で祝賀の宴を催してくれた。
そのときの出席者は,内村達次郎(協和特許法律事務所・初代所長)浅村三郎(元特許局審査官),木戸傳(大正5,11年度理事,木戸傳一郎氏の厳父),飯田治彦,小野喜惣治,市川寛(昭和21年度理事長),薗川武,山田重治,橋村正治,竹下直次郎,小野良三,その他記憶から逸したが15,6名であった。
席上,当時,弁理士役員選挙の母体として弁護士の会,PA会,無名会等があり,いずれも相当優勢なので,これに対抗して技術出身者(主として旧制東京高等工業学校=現東京工業大学)の団体を結成すべきである,との提案があり,早速結成することに全員の一致をみた。
大正13年3月,前回の出席者の他,発起人が集合して団体を結成し,会の名称を“春秋会”とした。会名をこのように決めたのは,弁理士会役員選挙のために春に,弁理士試験合格者祝賀歓迎のために秋に集まるからという理由であった。
同年4月には,春秋会からは弁理士会の理事に飯田治彦,常議員には小野良三,小野喜惣治,谷口忠一郎,木戸傳,鈴江近太郎,津村收,宮原徹の諸君が立候補し,全員が当選した。当時の主たる世話人は市川寛,薗川武両君であり,後に津村收,谷口忠一郎君などが加わって大いに活躍された。
爾来,歳月を経て今年(注:昭和43年)3月で45年を迎える。その間,技術出身のみならず各大学出身者を加え,今や二百数十人を擁する会に成長し,会員相互の親睦と弁理士の会務にいささかなりとも貢献し得たことは慶賀に堪えない。今後の会の一層の発展を望むこと,切なるものがある。

– 故北村宇吉先生「春秋会の発会のこと」(幹事会からのお知らせ第2号 – 昭和43年発行)より抜粋 –
この資料は現在も春秋会の歴史を語るのに欠かせない原典の役を果たしている。